カジュアルしゃかい学
ものごとの是非を語るより、議論の交通整理を試みたい。世の中どうもかみ合わない、ポイントのずれた議論が多すぎるように思うので。
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ララオさん

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1947年生まれ 公立中学校教員 50年来の千葉ロッテマリーンズ(元毎日オリオンズ)ファン

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「負ける」という体験
 スポーツファン、それも弱小チームを応援する人は、人間性に幅と深みが増すと、私は確信する。今年脚光を浴びたロッテ応援団も、長年の敗戦体験(連敗日本記録もある)がそのマナーの良さを育てた気がする。実際マリンスタジアムの雰囲気は、負け試合でも実にほのぼのとしている。去年今年と、2位チームに優勝をさらわれたホークスファンの悔しさのほどは容易にわかるし、日本シリーズで惨敗した阪神のファンが、憤りに近い情けなさを抱いたことも想像に難くない。しかし両者ともその事実を受け止めざるを得ないし、上手に受け止めていたように見えた。幼児にゲームをさせると、負けを受け入れられない子が中にいる。負けの体験は、大人になる必須要件なのだ。
 一方、負けをほとんど体験していない者もいる。その一つは、株式の大量取得や企業買収で世間を賑わせている、いわゆるヒルズ族である。彼らのコメントを聞いていると、どうも話に幅と深みがない。もう一つは、飛躍するようだがアメリカという国だ。しかし考えてみればアメリカは建国300年余りの国。大統領の言動が幼児的に見えるのもやむを得ないのかもしれない。                      もっともこんな論評も、彼ら「勝ち組」からは「負け犬の論理」と嘲笑されるだけかもしれないが。
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