カジュアルしゃかい学
ものごとの是非を語るより、議論の交通整理を試みたい。世の中どうもかみ合わない、ポイントのずれた議論が多すぎるように思うので。
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ララオさん

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1947年生まれ 公立中学校教員 50年来の千葉ロッテマリーンズ(元毎日オリオンズ)ファン

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スポーツバブル
 私はスポーツ大好き人間の一人である。芝生のグラウンドに立とうものなら、つい走ったり、投げたり、蹴りたくなってくる。また見るのも好きで、スタジアムにもしばしば足を運ぶ。             その私が今のスポーツを取り巻く環境についてかなりの疑問を感じている。
 つまり、スポーツの話題が目立ちすぎるのだ。新聞のスポーツ欄のスペースがどんどん広くなっているし、一面で取り上げることも少なくない。テレビに至っては、年中何かのスポーツでフィーバーしているような感がある。
 その結果、一流選手の社会的価値が大幅に上がり、異常にチヤホヤ持ち上げられることとなる。そして、スポーツをしている子どもたちの中に、鼻持ちならない高慢ちきキッズが少なからず出現していることに一部の人たちは気づき始めている。
 このスポーツ人気の陰にマスメディアの営業戦略があることはいうまでもない。メディアを通して人気をあおり、そして視聴率を獲る手法である。客観的には「普通の国際試合」を「世紀の一戦」に変えてしまうのである。スポーツが利用されているのだ。
 もう一つの要素は、スポーツネタは「罪がない」ということである。意見対立もなければ、社会批判もない。実に楽な記事であり番組なのである。深く世の中のことを考えない今日の日本人の体質に合っている。いや、このスポーツバブル(私の造語)がその体質を創り出しているのかもしれない。
 <仕事の多忙により記事を休んでいました。1月からは最低週に一回は書きますので、よろしくお願いします。また記事を開いていただいた際は、「スポーツ村」のマークをクリックしておいて下さい>
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