カジュアルしゃかい学
ものごとの是非を語るより、議論の交通整理を試みたい。世の中どうもかみ合わない、ポイントのずれた議論が多すぎるように思うので。
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1947年生まれ 公立中学校教員 50年来の千葉ロッテマリーンズ(元毎日オリオンズ)ファン

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謝り方の美学(1)
 来春の選抜大会に直結する高校野球の秋季大会が各地区で始まっている。例の駒大苫小牧高も順当に勝ち進んでいるようだ。今またその夏の醜聞をむしかえして云々しようというのではない。高野連の処分も妥当と思える。しかし、この問題に関して何か、のどに小骨が刺さったままのような感じが残る。その原因は、この体罰事件の当事者である前野球部監督が、結局校長たちの陰に隠れたままだということにある。肝心な人の思いや考えがまったく明らかにされず、何ら伝わるものがないままなのだ。未成年者ならともかく、立派な大人であり、しかも教員という立場に照らしても、堂々とテレビカメラの前でものを言ってほしかった。それがたとえ「言い訳」や「釈明」であっても構わないし、もちろんその行為に対して心から非を認め、大いに悔いているならなおのこと、顔も見せ、生の声で語るべきではなかったか。今回の事件で失った彼の名誉を半分は取り戻せたかも知れないのに・・。  もし仮に校長が「君は表に出なくていい。わしにまかせておけ」と言ったとしても「ありがとうございます。でも僕は記者会見に出ます。いや、出なければいけないと思っています。僕自身がしたことですから」と返してほしかった。それにしてもスポーツマンシップとは何だろう。
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